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入院生活後半まとめ+α

2014/08/06(Wed) 22:57
ふつうの。

死だけが唯一の本当の締め切りである。 生きている限り、学ぶべき事が未だある。
エレン・スー・スターン

はいどうも今日は。

えー、というわけで急性前骨髄球性白血病で今年1月20日に入院しまして、
先日7月25日、無事完全退院致しました。

3クール目のまとめも書き忘れてたんで、
これから入院生活全部のまとめを含め、色々とまとめとこうと思います。

まぁいつも通りに駄文の垂れ流しなんで、
暇つぶしにでもよろしければどうぞ。

で、前まで通り入院生活ということで、多少生々しい表現がありますので、
追記に書いていきます。
BGM:Mission Complete(KAMEN RIDER GIRLS)

というわけで改めまして今日は。しおんかつみです。

というわけで、放ったらかしにしていた3度目の入院のまとめと、
この前退院した4度目の入院のまとめと、入院についての全体的なまとめになります。

・・・まぁまとめといっても、いつもの駄文垂れ流しなわけですが・・・
それに、3度目の入院については時間が経ちすぎたせいで、
あんまり覚えていないというのもありますしね・・・;(((
写真もあんまりないですし、少々地味なまとめになりそうですが・・・;

~~~~~~~~~~~~~~~

5月7日(水)、3度目の入院が始まりました。
2度目の退院は4月1日だったので、実に1ヶ月の期間が空いておりました。
それだけに、身体的にも精神的にも『俺健常人』ムードになりきっており、
再入院がとてもだるかったですね・・・;

3度目の入院は全4回の入院の中で、一番身体的な負担が強いと言われていたので、
覚悟はしていたんですが、意外と辛くない。
熱も出ず、食欲も強くて至って健常でした。

IMG_20140509_142224.jpg←3度目の治療に使った点滴。
あとから聞いた話では、食欲が強かったのはこの点滴の副作用なんだとか。
この点滴自体は青くて食欲を奪われましたが、効果としては逆だったんですよねw

IMG_20140519_124523.jpg
・・・しかし入院から10日ほど経ったくらいの血液検査で、
白血球数:5(500の意)』という結果が出る。

上の画像の横にも書いてあるように、
当時の自分は正常な人の14分の1~7分の1しか、
白血球がなかったことになります。
これだけ白血球数が低いと、ウイルス等に感染していなくても、
さすがに体が体調を崩し、辛くなってくるのですが、
当時はあまりしんどくありませんでした。
3回目の入院が一番辛いって聞いてたけど、辛くなるどころか、
無菌室にも入らなくていいんじゃね?w
』とかタカをくくってました。

そしたら案の定、その結果を見て内心ショックを受けてしまったのか、
その頃から体調がどどどどと悪くなり、無菌室へ行く運びに。

そこから地獄が始まるとはしらずに・・・!!

というわけで、3度目の入院の無菌室生活が始まりました。
無菌室に入った頃から37~38度程度の熱が出始め、
元気と呼べる状態ではなくなりました。

やっぱり一番辛いと言われている3度目の入院、油断してたらこれだ・・・。
まぁ、熱は大概の場合出るものらしく、病院側もバリバリ想定内で、
熱に対する薬はあったので、薬が効いている間は楽でした。

・・・しかし、薬が切れれば辛くて倒れるという、根本的には治らないまま、1週間が過ぎました。
熱が39~40度に上がり、しんどさがかなり増してきました。

そしてどこからか細菌に感染したようで、
ものすごい腹痛に襲われた日がありました;

どうやらクロストリジウムという細菌に感染・・・?
確か感染というか、腸内常在菌だけど、
白血球が下がってきたから悪さし始めたんだっけか?
何にせよ、そのクロストリジウムという菌のせいで凄い腹痛に襲われました・・・;

なんというか、いつもと違うようななんというか・・・。
口では言い表しにくいのですが、
『出すもの出せば治りそう』でない痛みだったんですよね・・・。
しかも40度の高熱は続いてますし、それも相まってしんどいしんどい・・・;

多分この腹痛に襲われた日が一番辛かったですね・・・。
ひとまず腹痛は収まり、疲れたので眠ろうかと思ったのですが、
頭に分けのわからない文字列が押しかけてきた。

つまり、脳内が
。、rjyhm,vs,jrmhydjmbjh,mghk6う、mhvmg.kmんd,hwせkfんd,k
こんな感じだったわけです。

自分の意志とは関係なく、そんなのが脳内に押しかけてくるので、
眠りたくても眠れない・・・。
別のことを考えたくても脳の使用量がほぼそれで100%を占められていて、
何かを考えることすらままならない・・・。

起きていても眠ろうとしても辛く、体がしんどいだけでなく、
何だか手もおぼつかないというか、しっかり動かせない・・・。
あの時のことはあまり思い出したくないというか、思い出せないのですが、
とにかく気持ち悪かったししんどかった・・・人生22年の中で一番。

まぁなんとか、小一時間で収まってくれたので良かったのですが・・・
あれが治らず続いてたら、間違いなく精神的におかしくなってましたね・・・;


そして腹痛が起きたということで、検査したんですが・・・
尿検査は今まで何度もしましたが、大の方の検査は生まれて初めてでしたねwww
尿ならともかく、大の方を他人に渡すことになるとは・・・w
・・・ってまぁ、大よりも凄い、
白くべたつく何かを検査してもらうのに女性に渡した人間が、
何を今更って感じですけどねwww

まぁその検査のお陰で薬を出してもらい、酷い腹痛は1日で済んだんですけどね。
・・・しかし、『クロストリジウム』って、名前だけはかっこいいよね。(((


そして40度の高熱がなかなか収まらず1週間。
流石に自分の体も疲れきり、家族によると『死人みたいだった』とのこと。
薬が効いていなければ、ベッドの上から動く元気などありませんでしたしね・・・;

熱が収まらず食欲も出ず、来る日も来る日もしんどくて寝てるだけで、
食べることもままならない辛い日々が続き、
あまりの辛さに、22歳の大の男が泣いてしまいました。

お恥ずかしい話ですが、流石に辛かったです・・・;
40度の高熱が1週間も続いたことなんてなかったですし、
それに無菌室という、周りにほとんど物のない、
無機質な部屋に実質軟禁状態でしたしね・・・;
やはり3度目の入院は一番辛いと言われていただけはありました。
スゲー辛かったです・・・;
それに、自分はどうも熱が収まるの、他の人より遅かったそうで・・・;

無菌室に入って2週間経つ頃には、
流石に無菌室に半月も閉じ込められていた自分を見かねてか、
まだ白血球は上がりきってなかったのですが、院内での外出が認められました。
やはり半月も部屋にこもっていたら、外に出るのが気持ちよかったですね・・・。
外出できるというのがこんなにも気持ちよかったとは知りませんでしたよ・・・。
自由というのは素晴らしいですねぇ・・・。

そして数日経つと、まだ無菌室を出れるほど回復はしていなかったのですが、
病院の皆さんが精神的な面で早く出たかったのを察してくださり、
ちょっと早めに普通病棟に戻れることになりました。

普通病棟に戻り1週間の6月6日(金)、
多少無理を言って早めに退院させてもらいましたw
翌日の6月7日に、いつものダチともの大阪遠征を企画していたのもありましたしね。

1週間前までは死人のようだったのに、
大阪遠征に出るとそれはもう回復していましたねwww
身体的にはまだ辛かったのですが、
やはり退院したというだけで精神的にものすごく回復しましたね。
精神が弱い反面、精神さえ回復すればものすごく気分が良くなるタイプですので・・・w

~~~~~~~~~~~~~~~

3度目の退院から今度は半月の6月23日(月)、
最後の4度目の入院となりました。

前回の休憩期間は1ヶ月ちょっとあったため、
半月は少々物足りなかったですね・・・w

3度目の入院が一番辛いと聞いていたので、
4度目はそこまで辛くならないだろうと思っていました。

入院開始して数日は点滴がありました。
4度目の入院は3度目の青い薬とは違ったんでマシでしたね;
あの薬は見ただけで食欲削がれたからなぁ・・・;

とりあえず薬が効いてきて白血球数落ちてくるまでは、
特にしんどくもないので元気でした。
どうやら入院先の病院のご飯、不味いと不評らしく、
大抵のものは美味しく食べられる(=味音痴)』と自負している自分でも、
美味いとはいえないご飯でしたので、元気のある間はご飯を止めてもらい、
院内の売店の弁当を買って食べてましたねw

栄養重視で作られているから味はあまり良くないのは承知ですが、
やっぱり何日も続くと辛かったですね・・・;
お酢とキノコがやたらと使われてた気がします。
そして深刻な塩不足・・・;

でも、朝飯のパンはおいしかったですけどね。
朝飯だけは止めずに食べていました。
食パンだったりチョコパンだったり、いくつかのバリエーションもありましたし。

IMG_20140707_120239.jpg
7月7日の昼飯。七夕ということで付いてた水餅は普通に美味しかった。
他のものは正直美味しくはなかったけど・・・懐かしいは懐かしいですねw
いい思い出の一つではありますw


話は変わりますが、自分を看てくれる看護師さん達の中に、
自分と同い年の女の子が二人いましてさ。

なんというか、歳上の人なら何とも思わないんですが、
同い年の子となると何か緊張してしまうというか、
ダラダラしている姿を晒すのは恥ずかしいというか・・・w
彼女いない歴=年齢並みの感想ですがねw

しかしまぁ、自分と同い年で看護師という立派な職についてる子もいれば、
自分のようにまともな職見つけられてない人間もいたり・・・。
同い年でも色んな人間がいるなぁ・・・w

あと自分の入院してた病棟、美人の看護師さん多かったよ・・・。(悦)


しかしやはりしばらく経つと体調が悪くなってきて、
結局今回も無菌室に入ることに。
偶数回の入院は楽と聞いており、2回目の入院は無菌室に入らなかったので、
今回も無菌室に入らずいけるかと思ってましたが、無理でした・・・;

無菌室に入り、やはり少々の熱は出てきましたが、
流石に3回目ほどの熱は出ず、出ても38度程度でした。

・・・しかし今回は熱よりも、喉の痛みが厄介でした;
のどが痛いせいで、メシもまともに食えないという・・・;

のどが痛くて辛かったのは確かですが、
今回の無菌室にいる間はそこまで辛いというわけではありませんでしたね。
その分、早く無菌室出たい、退屈だという気持ちが強かったですね・・・;

今回は1週間半くらいで無菌室を出、普通病室に戻りました。

ここからが辛さの本番だということも知らずに・・・!!(((

無菌室を出たということで、あとはもうぼーっとしてるだけで、
辛いことはないと思っていたのですが・・・
まずのどの痛みが治るどころか悪化し、ついでに舌の痛みも出てきました。
酷い時は水を飲むことすら辛く、
ほとんど何も食べない飲まない日も2日ほどありました・・・。

食べれない日が出てきたので、
普通病室に戻ってきた時に外した点滴針を再び刺し、点滴が始まりました。
点滴針、あるかないかでは凄く違うんですよね・・・
再び刺したということで、精神的にダメージががが・・・;

そして何故か、普通病室に戻ってから出てくる熱。
39度程度・・・ひどければ40度、3度目の無菌室と同じくらいの熱に苛まされました;
流石にそれだけ高熱が出ると辛い辛い・・・;
栄養剤の他に解熱剤の点滴も始まりましたが、どうも効きが悪く、
今回の熱もしばらく続きました。
普通病室に戻ってきたから、こんなに辛いとは思っていなかった・・・;

ある日、熱が一段と酷く、氷枕とアイスパックで顔周辺を冷やしていたのですが、
しばらくすると今度は熱いのが寒けに変わり、次はホットパックで体を温めました。
・・・そしてしばらくすると、今度はまた熱くなり、アイスパックで冷やすことに・・・。
そんな堂々巡りになってしまい、
熱いけど、冷やしたところでまた寒くなるんではないか』と思ってしまい、
それが頭の中でループしてしまい、3回目の入院の腹痛の時の、
頭の中に変な文字列が押しかけてくるのと同じような気持ち悪さに襲われました・・・;

起きていても同じことばかり考えてしまって辛いから寝よう・・・と思っても、
考えたくなくても頭が勝手に考えてしまって、寝ることすらできない・・・。
寝れないとしんどいし、頭が勝手に動いて気持ち悪い・・・。
気持ち悪くて吐き気もしてくるけど、吐いたところでこの気持ち悪さは治らなさそう・・・
もし吐いてしまっても、何度も吐いてしまうんじゃないのか・・・?

入院生活で、この感覚が一番気持ち悪くて辛かったです・・・;
もしこの気持ち悪いのが治らなければ、精神おかしくなるんじゃないのか・・?
とすら思ってしまいましたしね・・・;
結局吐いたり気を失ったりもせず、
1時間位で落ち着いてくれたから良かったんですが・・・
もうこの気持ち悪さは一生味わいたくないですね・・・;

しかしまだしばらく熱は収まりませんでした。
やっぱり口からご飯を食べれていなかったからでしょうか・・・
点滴で生きてはいけたけど、やっぱり人間は口から栄養を摂取する生き物ですしねぇ;
気分が悪く、管理されている部屋の気温でも歯のガチガチと体の震えが止まらず、
布団を二枚重ねて寒さを凌いだりもしました。
あの時は本当寒かった・・・。やっぱりいつもとは違ったなぁ・・・。

のどの痛みもなかなか治らないため、耳鼻科を受診したのですが、
もの凄く体調が悪く、『口開けてー』と言われても、あまり大きく開けられなかったり、
喉を見るため鼻からカメラを通したとき、「おえっ」となってしまったりで、
先生に『そんなんじゃちゃんと見れんなー。』と言われてしまったのですが、
前代未聞なくらいしんどかったんだよ・・・
常温でもガチガチ震えるくらい悪寒がしたんだよ・・・勘弁してくれよ・・・orz
ちょっとショックでした・・・;

その時は歩くのも辛く、車いすでの移動だったり、
ベッドごとそのまま運ばれたこともありましたね・・・。
車いすでの移動は何度か経験がありますが、
ベッドごと移動するのははじめてだったので、ちょっと楽しかったですねw

そしてなかなか熱が治まらず、点滴や飲み薬の効きも悪くなってきたので、
座薬が登場しました。

・・・でまぁ、座薬を使うんですが、自分で使う元気はなかったので、
看護師さんがやってくれたんですが・・・まぁ、
自分とあまり歳が変わらない女の看護師さんがやってくれたというね・・・。

いやまぁ、その時は何も思う元気もなかったし、
というかそもそも数カ月前にケツどころか、ほぼ全裸を見られてるし、
今更ケツ見られたくらいどーってことないはずですが・・・
今思えばやっぱりちょっと恥ずかしいというか、苦笑いですね・・・w
まぁ、同い年の子じゃなかっただけマシかな。
同い年の子だとやっぱりちょっと恥ずかしいというか・・・www

しかし座薬が効いたのか、熱が段々と治まってきました。
のどの痛みも治まってはいたのですが、今度は口が痛いという・・・;
なのでしばらくは固形物はほとんど食えず、流動食が主でしたね。
もっと美味いものや辛いものも食べたかったのですが、
しばらくお預けでしたね・・・w

そして7月25日(金)、退院―完全退院が決まりました。
40度の高熱を出してまだ1週間経つか経たないかだったので、
今週の退院は無理かと思っていましたが、何とか退院出来ました。

完全退院というわけで、何事もなければもう入院することはありません。
まだ外来での治療は続くので主治医の先生はともかく、病棟の看護師さんや、
病棟で知り合った他の患者さんやその家族の方とはお別れになります。
そう思うとちょっと寂しかったですね・・・
いくら短かったといえど、知り合いになった人。もうほぼ会うこともないと思えば寂しいです;
でもそれだけに、『一期一会』という言葉の意味が分かったかな・・・。

~~~~~~~~~~~~~~~

というわけで、2014年1月20日(月)から始まった、
急性前骨髄球性白血病による入院生活は、
2014年7月25日(金)に終わりを告げました。
途中退院している期間はあったものの、ちょうど半年間になります。

いや本当・・・短かったようで長かったようで・・・
そしていろんなことがありましたねぇ・・・。

1月20日の仕事中にトイレに行くと血尿が出て、
さすがにこれはやばいと思って、その日家に帰る前に病院に行けば、
今日は入院しろ』と言われて・・・
血尿が止まれば明日退院』と言われたので、
どうせ明日になれば治ってるだろう・・・と思えば、
治るどころか出ていたのは、もはや尿ではなく
完全に赤黒い液体しか出ていませんでしたしね・・・;

家に帰れるどころか、『至急大きい病院に移れ』と告げられ、
家に帰る事なく大きな病院へ行き、手術用の服を着せられ、救急の病室に。
周りの大量の医療用の機器に、自分はどうなってしまったのか焦りましたね;

あれよあれよで大きい病院で入院が決まり、精密な検査をされました。
行きつけの病院で出たおそらくの病名は『膀胱炎』でしたが、
大きい病院で精密な検査をして出た正式な病名が『急性前骨髄球性白血病』。
・・・流石に白血病と言われ、半泣きになりましたよ・・・。
白血病なんて言ったら死ぬ病気。まだ21歳で死ぬ気なんて毛頭ないのに・・・;

でも『死ぬような病気ではない。白血病の中でも一番マシな白血病。
と言われ一安心。
とはいえ白血病、自分がそんな大病にかかるなんて微塵も思っておらず、
流石にショックでしたね・・・;
治るとはいえ、半年間の入院生活も余儀なくされましたし。

そして何よりショックだったのが、『もう一生献血はできないだろう』と言われたこと。
まぁそりゃあ、白血病に罹った人間の血なんて、
もし何かあったらいけないってのはわかるけど、
献血は自分の趣味の一つだったので、
その趣味が奪われるとなるとショックでしたね・・・;

1回目の入院生活で辛かったのは、
何と言っても舌に出来た巨大口内炎×2ですね。
何か舌に白い変なものがあると思えば口内炎で、
それがどんどん、前代未聞な大きさに膨れ上がって、
食べることどころか喋ることすらままならないくらい痛かったです・・・;
そのお陰で、入院前62~63kgあった体重も56kgまで落ちましたし;

1回目の退院は2月28日(金)。
自分の誕生日は2月20日なので、22歳の誕生日は病院で過ごしたことになります。
入院先の病院は自分の生まれた病院なので、
誕生日を自分の生まれた病院で過ごす・・・というのは、
珍しい経験ができて良かったかも?w
・・・自分が生まれた頃は、
22年後にこの病院で白血病で入院してるとは思わなかったのになぁ・・・www

1回目の退院から2回目の入院はあまり時間を開けてはいけないそうで、
1週間後の3月7日(金)に2回目の入院となりました。

しかし2回目の入院は元々体への負担が少なかったとはいえ、
本当に何にも辛くありませんでしたね・・・。
強いて言っても、多少の便秘があったくらいで、歩きまわる元気はありましたし、
暇な日は広い院内を探検したりしてましたw
広い建物の中をうろちょろするの、小さい頃から好きなんですよねぇ・・・w

2回目の入院のときに、大学の友人がはるばる大阪からお見舞いに来てくれました。
元々彼らに入院してることは言うつもりはなかったのですが、
成り行きで言わざるを得ない状況になりまして・・・;

しかし大阪から来てくれたのはうれしかったですね。
直接会うのも4年ぶりくらいになりますし、
写真学科らしく、仲良かった友人たちと自分の写真が入ったパネルをもらいました。

2回目の入院、治療自体は楽勝だったのですが、
白血病とは関係なくやった親知らず抜歯ですね・・・。
いやアレは辛かった痛かった死ぬかと思った・・・;
大の大人になった今でも泣きたくなったわ・・・;

まぁでもそれ以外は特になんてなく、親知らず抜歯以外は辛いこともなく、
病院の先生方をびっくりさせて、無菌室に入ることもなく、
予定より1週間早い4月1日(火)に退院。


そして2回目の退院中にした精子保存手術
この病気の治療の影響で生殖能力が傷つけられ、
最悪の場合子どもが作れない体になるそうなので、
そうなる前に精子を予め保存しておくための手術です。

・・・いや本当、『抜いてこい。そんで出したもんよこせ』って言われるとはな・・・w
しかもそれを女性の看護師さんの渡すとかなぁ・・・www

で結局、自分で出したものでは精子が見つからなかったため、
結局体にメスを入れての手術ということになったんですが・・・
手術がはじめてで緊張したというのもありますが・・・
あまり歳が変わらない女性にほぼ全裸を見られるとはなぁ・・・w
まぁ恥ずかしいというよりは、ただただ苦笑が出るだけでしたが・・・w

何にせよ、無事成功してよかった。これで最悪の場合は回避できた。
・・・でも一番は、生殖能力が復活してくれることですけどね。
とりあえず1~2年は失われたままなんだっけか・・・。
まぁ、その間に相手が見つかることもないだろうし、問題ないだろうけどさwww


・・・おっと、前半を軽く振り返ろうと思ってたのが、妙に長くなってしまった・・・;
というわけで、3回目の入院以降は今回書いた通りです。

~~~~~~~~~~~~~~~

全体的なまとめとしては、やっぱり治療は楽ではありませんでしたが、
思いがけず色々と考える時間もできましたし、物理的に得たものもありますし、
体力がなかったり制限はあるとはいえ、しばらく遊ぶ時間もできましたしね・・・w

色々辛かったこともありますが、良いこともありましたし、
終わってから思えば、この病気になって良かったなと思えます。
大半・・・どころか、
9割方の人が人生全うしても経験できないようなことを経験出来たんですしねw
それにこれ書いてる現在、自分は前の職を辞め、
まだ新しい職が見つかっていないので、
端的に言えばニートなわけで・・・ww
でも家族も『しばらくはゆっくりしろ』と言ってくれてますし、親公認でニートしてますw
学校にも行かず働かず、なのにそれが許されているという稀有なパターンができるのも、
この病気になったからですしねwww
しばらくはニート生活を楽しむとしますw
・・・まぁ、時間はある分、小遣いが少ないのが辛いですが・・・;
一応家から小遣いもらえているとはいえ、
働いて自分で小遣い稼いでたときよりは少ないですしねぇ・・・;

・・・とは言え前の職、わずか3ヶ月で終わるとは思っていませんでしたけどね・・・;
まぁそんなに長いことお世話になるつもりもありませんでしたが、
さすがに3ヶ月は短すぎたなぁ・・・せっかくそろそろ慣れてきたところだったのに・・・。
店の皆さんにはお世話になっただけに、残念だなぁ・・・;


まぁ全体的に見たら、この病気に罹って良かったと思えますが、
もちろん病気自体は悪いことでしかないですし、
もう再発なんて御免こうむります。はい。

いくら後から良い経験ができたと思っても、
この病気に罹るか罹らないか選べるのならもちろん罹りませんし、
再発なんて体力的にも精神的にも金銭的にも時間的にも絶対にご勘弁願いたい。

入院生活は終わりましたが、
向こう5年間は月一ペースでの外来での診察が続きます。
この病気は、その5年間を再発なしで走りきってはじめて『完治』と言えるそうです。
今は完治じゃないけど病状が落ち着いてる『寛解』という状態です。

5年間とはいえ、実際はそのうちの2年間再発なしで走りきれば、
もうほぼ再発はないそうです。
というわけで、とりあえずは2年が目標ですね。
まぁ、再発なんてないでしょうし、ないと信じたいですけどね。

退院してから、入院中お世話になった方々にお礼を言いに行きました。
特に親の会社の方々。母親、自分が入院中、
介護休みを半年間とっていたのですが、
会社にしっかり籍を残しといてくれたうえ、自分の医療費も貸してくれたそうで・・・。
自分が直接知らない人でも、自分を助けてくれている・・・そう思うと、
やっぱり人間は一人では生きれないんだなぁと思いましたよ。
ひろしの『自分一人ででかくなった気でいる奴はでかくなる資格はない
この言葉は真理だと思いましたね。

それと、こんな病気に罹っても治療してくれる病院があって、
その病院で働いている人達がいる。
そう思うと、世の中って上手く出来てるなぁと。
何につけても、それらのプロフェッショナルがちゃんと存在するわけで、
医療の分野を挙げると、『医師不足』とは言われつつも、ちゃんと機能してるという・・・。
そして医療の分野と言っても、医師や看護師だけでなく、
薬剤師だったり事務員だったり、いろんな役職があって、
それでいてそれらがしっかり機能するだけ揃っている・・・
これって、当たり前のようであって凄いありがたいことなんだなぁと思いましたよ。


最後に余談ですが。
自分のこの病気とは全く関係ない病気で、同じ病院に叔父も入院していたのですが、
退院直前に叔父と『入院患者あるある』を話してまして。
それで印象に強いのが、『自分の病名を言って人を驚かせるのが楽しい』ですねw

俺、白血病なんすよwww』って言って人をびっくりさせるの、
正直言って楽しいですwww
・・・まぁ、ちょっと間違えると冗談じゃ済まないので、
すぐに『でも簡単に治る白血病だし死にませんよ;』って付け加えるんですけどね。
ちょっとおいたが過ぎるかもだけど、これが楽しいんですわ・・・w(((

どうやら母や弟も、自分が白血病に罹ったことに慣れてきた頃に、
『息子(兄)、白血病なんですよ。』って何気なく言ったら、
周りの空気が凍りついたらしいですw
やっぱり白血病に馴染みのない人からしたら、白血病=死ぬ病気だからなぁ・・・。

~~~~~~~~~~~~~~~

というわけで、以上になります。
やっぱり駄文の垂れ流しでしかありませんでしたが、記録として。

ここまでわざわざ読んでくださった方、どうもありがとうございますm(_ _)m
精神の方は全く問題なく、体の方も段々と回復してきております。
Twitter等で自分とお話ししてくれる機会がございましたら、
その時はどうぞよろしくおねがいしますね。

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